20141015

誰もいない新大陸に到着し、一番見晴らしのいい小高い丘に自分の旗を建てる「よーし。今日からオレの土地!」この概念を考えた昔の人によって土地の所有権が決まった…のかは知りませんが、近代では既存のルールの中に新しいルールを作る感覚が必要になります。そこには早い者勝ちの精神はそこまで重要ではありません。

ルールを作るということ

目の前には円卓。椅子が10脚。その前に大きな丸皿が等間隔に10枚並び、その間に何本かのフォークとナイフ。皿の左右奥にナプキン。

ファニー・バレンタインは問いかける。

君は このテーブルに座ったとき・・・
ナプキンが目の前にあるが・・・
君はどちら側のナプキンを手に取る?
向かって「左」か?「右」か?

左側のナプキンかね?それとも右側のナプキンかね?

左だと答えると彼は言った。

正解は『最初に取った者』に従う・・・だ。誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が「右」を取らざるを得ない。

もし左なら全員が左側のナプキンだ そうせざるを得ない。これが「社会」だ・・・・・・・・・・・・

この世のルールとは「右か左か」?このテーブルのように均衡している状態で一度動いたら全員が従わざるを得ない!いつの時代だろうと・・・・・・・・・

この世はこのナプキンのように動いているのだ

ファニー・バレンタインって誰?っていうツッコミは置いておいて、これは何も無いところからルールを作る上での分かりやすい原理原則だといえるでしょう。

漫画作品の登場人物という意味ではカッコいいのかもしれませんが、私たちが生きる現実社会では未開の土地も未知のものもほぼありません。あるのは出来上がったシステムを使いながら経済活動を行っている事実です。

その中で、より良い仕事をするためにできる事は「既存のルールの中で新たなルールをつくる」以外にありません。新しいルールをつくる上では上に書いたような「早い者勝ち」でなくでも大丈夫なのはいうまでもないでしょう。

だって二番煎じだって勝つときあるし

良いサービスがあって、その後、別の会社が類似サービスをリリースする。時間が経つと後発のサービスが主流になっている。

こんなことって全然珍しくないですよね?

最初に出したサービスが「イノベーションだ!」なんてもてはやされていたのに、凋落したら「リサーチ力がどうだ」とか「顧客ニーズがどうだ」とか「マーケティングが…」って

うるせー!って感じしませんか?

なぜ後発が勝ったのか?ではなく、単に先駆者をぶっちぎっただけで、更なる後発に負けないようにしなければならなくなったという「ポジションが変化した」だけのことですよね。別に勝者ではないということを理解しなければなりません。

既存のルールの中から新たなルールや価値観を

「限られたパイの取り合い」マーケットでビジネスをしている私たちであるからこそ、既存のルールから新しい何かを生み出すことができます。そして、こういうボンヤリしたテーマのときは喩え話をするに限りますね。

椅子取りゲーム

ルール

  1. 椅子を外側に向け円状に配置し、その周りに参加者が立つ。椅子の数は参加者の総数よりも少なくする。
  2. 音楽と共に参加者は椅子の周りを回る。
  3. 音楽が止められると即座に椅子に座る。この時に椅子に座れなかった参加者はそこで負けとなる。
  4. 椅子の数を減らしていき、最後まで椅子に座っていた人の勝ち。

追加ルール案

  • 椅子に座っている人が許可すればその上に座っても良い(師弟関係)
  • 1ターンで流れる音楽の時間を30分とし、会場には材木と釘、工具を置く。時間内に椅子を製作できれば、それに座っても良い(新たなマーケットの開拓)
  • 一人で何個の椅子を確保してもいい、確保出来なかった者へ販売、レンタルしてもいい(シェア拡大)
  • ひとつの椅子に何人が座ってもいい(セカンドオピニオン)

と、追加でこんなルールを付与するといかがでしょうか?めちゃくちゃつまらない椅子取りゲームになると思いませんか?負ける人がいなくなります。なーんて、実際そうでしょうか?

資本主義の原理とは相反すると思われるかもしれませんが、そうではありません。恐らく、このゲームをすることで、少数の人間がたくさんの椅子を確保する「仕組み」を作り、多くの人が買ったり、借りたりするようになることでしょう。

早い者勝ちの椅子取りゲームが、追加ルールによってとても今風なゲームになると思いませんか?(笑)

 新たなルールや価値観は疑問からしか生まれない

以前、「当たり前のことを疑ってみると本質が見えてくる」にも書きましたが、既存ある絶対に変えられないルール(もしかするとそれも思い込みかもしれませんが)を守りながら、新たなルールをつくるためには疑問を持ちましょう。最初はたった一人の価値観かもしれませんが、数が増えるとルールになります。

業歴や年齢が上だと無条件に尊重しなきゃいけないの?

自分より年齢が上なだけで、顧客への考え方が変な人をなぜ敬う必要があるのでしょうか?逆に年下で自分よりスゴい人物に業界活性化を期待するほうがよほど理に適っていると思います。

専門家にも記憶力以外で評価する通知表があったらいいのにね。

お金を多く払った人がエライの?

これはいかがでしょう?士業・コンサルタントとしての自分を考えるなら、クライアントへ与えた価値やワクワクが重要です。こちらが課した課題を忠実にこちらの手をかけずに遂行した人からの報酬を減らし、言うこと聞かないクライアントは報酬をこれは会社の規模に関わらず高くする。

こんな価値観だってあるはずです。たとえば、弊社のようなホームページ業者ならブログを毎日アップしたら月間の保守管理費半額、サボったら2倍とかね。

企業訪問が出来ずに満足度を下げるくらいなら来てもらう

毎月訪問しなければならないと考えているのは、周りの価値観に引っ張られているだけで、別に来てもらえば良いだけのことです。たとえ、報酬を若干下げたとしても。

欲しいのは就業規則なの?いい組織なの?

社労士ネタですが、就業規則を整備する目的が何なのか?経営者が欲しいものは文書ではなく、いい組織(場合によっては助成金)です。働く人材以外のほとんどが道具だという認識を持つと何か見えるかもしれません。

おわりに

こちらは、最後の部分は時間があるとドンドン良いコンテンツが出てきそうなので、思いつきしだい追記していきたいと思います。

私たちがずっと考えていかなきゃならないことは、あくまでクライアントのこと、そして継続。自分が正しいとするならば、たとえ進むことで悪評が立ってもやめてはなりません。

最も最悪なのは、自分を信頼するクライアントがいる中、自分が倒れることです。コンサルタントはクライアントから愛されているならば、存在自体に価値があります。だからこそ生き続けなければならないといえるでしょう。


2014/10/15

コンサルティング